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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)6317号 判決

原告

中田五郎

被告

今門誠

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金四〇〇万六五二二円及びこれに対する平成八年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その一を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金一一五〇万五八七八円及びこれに対する平成八年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、被告らに対し、交通事故により損害を受けたと主張し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実

1  交通事故の発生(以下「本件交通事故」という。)

(一) 発生日時 平成七年二月九日午後八時三〇分ころ

(二) 場所 大阪市城東区中央一丁目九番三八号先路上

(三) 加害車両 普通貨物自動車(なにわ四〇ゆ四二三〇)

運転者 被告今門誠

(四) 被害車両 普通乗用自動車(大阪七八さ六二九三)

運転者 原告

(五) 事故状況 被害車両は、北から南に向かって進行中、信号機により交通整理が行われている交差点にさしかかり、青信号に従い、交差点に進入し通過しようとした。加害車両は、西から東に向かって進行中、この交差点にさしかかり、赤信号であるにもかかわらず、交差点に進入した。そのため、被害車両が加害車両の左側後部に衝突した。

2  責任原因

(一) 被告今門敬子は、加害車両の保有者であり、自賠法三条に基づき、損害賠償義務を負う。

(二) 被告今門誠は、加害車両の運転者であり、自賠法三条に基づき、損害賠償義務を負う。

三  原告の主張の要旨

1  傷害

原告は、本件交通事故により、頸椎捻挫、第四腰椎椎体骨折の傷害を負った。

2  後遺症

原告は、平成七年一二月一九日、症状固定したが、右上肢、右大腿部の知覚鈍麻があり、また、常時コルセット装用の必要性があり、後遺障害を負った。

原告は、自動車保険料率算定会調査事務所から自賠法施行令第二条別表後遺障害別等級表一四級一〇号に該当する旨の認定を受けた。

3  損害

(一) 治療費 七七万一一三三円

原告は、平成七年二月九日から同年一二月一九日まで(実日数一四日)、正木脳神経外科クリニックに、同年二月一八日から同年一二月一八日まで(実日数一七三日)、マエ接骨院に通院した。正木脳神経外科クリニックに支払うべき治療費は二八万九五〇三円、マエ接骨院に支払うべき治療費は四八万一六三〇円である。

(二) 通院交通費 五〇四〇円

(三) 休業損害 四五九万六九〇〇円

原告は、電気溶接工として株式会社サトー工業に勤務していたが、本件交通事故が発生した日から症状固定日まで休業せざるを得ず、その期間の給料と賞与を得ることができなかった。

なお、原告は、平成七年七月から、一時的に職場に復帰し、合計七二万六八〇〇円の収入を得た。したがって、これを控除する。

(四) 後遺症による逸失利益 六六〇万三九三八円

原告は、前記の後遺障害を負い、労働能力を一四パーセント喪失し、その継続期間は一〇年である。

(五) 通院慰謝料 一五〇万円

(六) 後遺症による慰謝料 二八〇万円

4  損害のてん補 合計四七七万一一三三円

(一) 治療費として、七七万一一三三円の支払を受けた。

(二) 被告らは、原告に対し、合計三〇五万円を支払った。

(三) 自賠責保険仮渡金として、二〇万円の支払を受けた。

(四) 自賠責保険後遺症賠償金として、七五万円の支払を受けた。

四  被告らの主張の要旨

1  原告の傷害と既往症について

(一) 原告は、平成四年五月二八日、腰椎椎間板症と診断され、同年六月一日まで、治療を受けたことがある。したがって、本件交通事故と本件交通事故発生から職場復帰までの症状は、相当因果関係があるとはいえない。

(二) 仮に、相当因果関係があるとしても、既往症との関係は否定できない。したがって、民法七二二条二項を適用(または類推適用)して、賠償額を減額すべきである。

(三) 原告が職場復帰したときには、傷害は完治していた。そうでなければ、職場に復帰するはずがない。

(四) 原告が職場に復帰した後の平成七年八月一八日以降に生じた腰痛は、心因性の可能性があり、仮に腰痛が存在したとしても、原告が作業中に不注意で腰部に過大な負担をかけたからであり、相当因果関係は切断されているし、または、民法七二二条二項の適用(または類推適用)により、賠償額を減額すべきである。

2  後遺症と既往症について

1と同じ。

3  治療費について

マエ接骨院における治療は、不必要な治療である。

4  支払について

被告らは、原告に対し、タクシー代として、合計三万九〇一〇円を支払った。

五  争点

原告の主張の要旨と被告らの主張の要旨のとおり。

第三判断

一  原告の傷害について

1  証拠(甲四の一ないし一六、五の一ないし六、原告の供述、弁論の全趣旨)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 本件交通事故は、平成七年二月九日に発生した。

(二) 原告は、同日、医療法人福肇会正木脳神経外科クリニック(大阪市城東区蒲生二丁目九番七号)において、頸椎捻挫、第四腰椎椎体骨折との診断を受け、同年二月に七日、同年三月に二日、同年四月に一日、同年五月に一日、同年七月に一日、同年八月に一日、同年一〇月に一日、同年一二月に一日、それぞれ通院し、コルセットの装着、内服剤や外用剤の投与などの治療を受けた。

(三) 原告は、同年二月一八日、マエ接骨院(大阪市城東区今福東二丁目一番三二号)において、第四腰椎骨折の診断を受け、同月に九日、同年三月に二一日、同年四月に二二日、同年九月に九日、同年一〇月に一二日、同年一一月に九日など合計一七三日、それぞれ通院し、治療を受けた。

(四) 原告は、同年一二月一九日、症状固定したが、右上肢、右大腿部の知覚鈍麻があり、また、常時コルセット装用の必要性があり、後遺障害が残った。

(五) 原告は、自動車保険料率算定会から、後遺障害が「局部に神経症状を残すもの」(自賠法施行令第二条別表後遺障害別等級表一四級一〇号)に該当する旨の認定を受けた。

(六) 原告は、本件交通事故発生前の平成四年五月二八日、済生会野江病院において、腰椎椎間板症と診断され、消炎鎮痛剤の投与などの治療を受け、同年六月一日、同様の治療を受けた。それ以降は、診察や治療を受けていない。

(七) ほかに、原告が本件交通事故発生前に、傷害を負っていたとか、診察や治療を受けていたことを裏付ける証拠はない。

(八) 原告は、済生会野江病院において治療を受けてから、本件交通事故が発生するまでの間、腰痛の症状がなく、電気溶接工として会社に勤務していた。

2  これらの事実によれば、原告は、本件交通事故により、頸椎捻挫、第四腰椎椎体骨折の傷害を負ったと認めることが相当である。

3(一)〈1〉 これに対し、被告らは、第四腰椎椎体骨折は既往症であり、その理由として、原告は本件交通事故発生後、何度か会社との間をタクシーで往復しており、タクシーに長時間乗車することができる程度の症状であったと主張する。

しかし、仮に、原告がタクシーを利用して会社に出勤したとしても、その事実だけでは、第四腰椎椎体骨折が既往症であると推認することはできない。

〈2〉 次に、被告らは、理由として、正木脳神経外科クリニックの担当医師は、第四腰椎椎体骨折が新しい骨折であれば入院安静が必要であると判断しているが、原告は実際には入院していないと主張する。

確かに、証拠(甲一五、原告の供述)によれば、担当医師は、平成七年二月一〇日、第四腰椎椎体骨折が新しい骨折であれば、入院安静が必要であると判断し、原告に対し前医院での腰椎レントゲンを借り出して来院するように指示したこと、原告は実際には入院しなかったことが認められる。

しかし、この点について原告は、被告らが任意保険に加入しておらず、入院費用を支払ってもらえるかどうか不安であったから、入院しなかったし、自宅で安静にしていればよいと思った旨の供述をする。原告のこの供述は、特に不自然や不合理な点がないから、信用することができる。そうであれば、原告が入院しなかったからといって、骨折が古い骨折(既往症)であると推認することは相当でない。

〈3〉 さらに、被告らは、理由として、済生会野江病院では第四腰椎骨折が疑われ、正木脳神経外科クリニックでは第四腰椎骨折と診断されており、いずれも第四腰椎骨折と診断されている旨の主張をする。

確かに、証拠(甲一五、二六)によれば、済生会野江病院では第四腰椎骨折が疑われ、正木脳神経外科クリニックでは第四腰椎椎体骨折と診断されていることが認められる。

しかし、済生会野江病院では第四腰椎の骨折が疑われているにすぎないから、二つの病院の診断が同一であるといえるかどうかは、さらに医学的見地からの検討が必要であると思われる。また、前記認定のとおり、原告は、済生会野江病院で、二日通院し、消炎剤の投与などの治療を受けた後、本件交通事故が発生するまでの約三年間、診察や治療を受けておらず、かえって、腰痛の症状もなく、普通に仕事をしていたことを考慮すると、被告ら主張の事実があったとしても、原告は本件交通事故により前記認定の傷害を負ったと認めることが相当である。

(二) また、被告らは、既往症が存在したから、民法七二二条二項を適用(または類推適用)し、賠償額を減額すべきであると主張する。

確かに、前記認定のとおり、本件交通事故が発生する前に、第四腰椎の骨折が疑われているから、これと本件交通事故が共に原因となって損害が発生した可能性を否定できない。

しかし、前記認定のとおり、この点についてはさらに医学的見地からの検討が必要であると思われるし、また、原告の疾患がどの程度本件交通事故後の症状に寄与しているかを判断するための証拠もない。また、仮に、寄与があったとしても、原告は本件交通事故発生前には腰痛の症状がなく、発生後に症状が現れたことを考慮すると、原告の疾患が事故後の症状に与えた影響は小さいというべきである。

したがって、本件では、公平の見地から、賠償額を減額することは相当でないと解する。

(三) また、被告らは、原告が職場復帰したときには、傷害が完治していた旨の主張をする。

確かに、原告は職場復帰したが、それだけでは、傷害が完治したと推認することはできない。

(四) また、被告らは、原告が職場に復帰した後、作業中に不注意で腰部に過大な負担をかけ、腰痛を再発させた旨の主張をする。

しかし、まず、前記認定のとおり、本件交通事故と症状固定までの損害(症状)について相当因果関係があると認めることが相当である。

次に、原告が作業中に腰部に負担をかけ就労ができなくなり、治療を継続したとしても、原告は、本件交通事故により傷害を負い、長期間会社を休業していたのであるから、今後の生活のため、多少無理をして、早期に職場に復帰をすることは、やむを得ないことというべきであり、原告を責めるべきではない。したがって、賠償額を減額をすべきではない。

二  後遺障害について

後遺障害については、前記一認定のとおりである。

三  損害について

1  治療費について

(一) 証拠(甲四の二、四、六、八、九、一一、一三、一六、五の四、六、弁論の全趣旨)によれば、正木脳神経外科クリニックに支払うべき治療費は二八万九五〇三円、マエ接骨院に支払うべき治療費は四八万一六三〇円であると認めることができる。

(二) そして、前記認定によれば、正木脳神経外科クリニック及びマエ接骨院に支払うべき治療費全額の七七万一一三三円が損害であると認めることが相当である。

(三) これに対し、被告らは、マエ接骨院における治療は不必要であり、気持ちがいいだけで、役に立っていない旨の主張をする。

しかし、これを裏付ける証拠がないし、原告が受けた傷害、治療の内容、経過、期間を検討すると、必要かつ相当な治療と認めてよいと思われる。

2  通院交通費について

(一) 証拠(弁論の全趣旨)によれば、原告は、通院交通費として、バス代一往復三六〇円を一四日分支払った事実を認めることができる。

(二) 原告が支払ったバス代合計五〇四〇円を損害と認めることが相当である。

3  休業損害について

(一) 証拠(甲七の一、二、八の一、二、一四の一ないし三、原告の供述、弁論の全趣旨)によれば、原告は、本件交通事故により傷害を負い、本件交通事故発生後から症状固定日である平成七年一二月一九日まで、勤務していた株式会社サトー工業を欠勤したこと、欠勤した期間は、給料の支給を受けられず、夏期の賞与七六万円を減額され、冬期の賞与七六万円を得られなかったこと、欠勤前三か月の平成六年一一月から平成七年一月までの間に合計一一〇万四三〇〇円の給料を得ていたこと、ただし、原告は、一時職場に復帰したことから、合計七二万六八〇〇円の給料の支給を受けた事実を認めることができる。

(二) これらの事実によれば、原告が受けた休業損害は、平均月給三六万八一〇〇円に一〇か月一〇日分を乗じた三八〇万三七〇〇円と賞与一五二万円の合計五三二万三七〇〇円から職場復帰後の収入七二万六八〇〇円を控除した四五九万六九〇〇円であると認めることが相当である。

(三) なお、被告らは、原告が故意に欠勤した旨の主張をするが、これを認めるに足りる証拠はない。

4  逸失利益について

(一) 前記認定のとおり、原告は、自動車保険料率算定会から後遺障害別等級表一四級一〇号に該当する旨の認定を受けた。

そうすると、原告は、五パーセントの労働能力を五年間喪失したと認めることが相当である。

(二) さらに、証拠(甲六)によれば、原告は、年間五〇六万一九〇〇円の給与を得ていたと認めることができる。

(三) これらの事実によれば、原告の逸失利益は、五〇六万一九〇〇円に労働能力喪失率五パーセントを乗じ、さらにホフマン係数四・三六四三を乗じた一一〇万四五八二円であると認めることができる。

(四) これに対し、原告は、一四パーセントの労働能力を一〇年間喪失した旨の主張をするが、甲一二号証ではこれを認めるに足りず、ほかにこれを裏付ける証拠がない。

5  通院慰謝料について

(一) 前記認定によれば、原告は、三一三日間通院し、実通院日数は、一八四日であると認めることができる。

(二) そうすると、通院慰謝料は、一三〇万円が相当である。

6  後遺症慰謝料について

(一) 前記認定のとおり、原告は、後遺障害別等級表一四級一〇号に該当する旨の認定を受けた。

(二) 後遺症慰謝料は一〇〇万円が相当である。

四  損害のてん補について

1  原告が合計四七七万一一三三円のてん補を受けたことは当事者間に争いがない。

2  これに対し、被告らは、さらに、タクシー代として三万九〇一〇円を支払った旨の主張をする。

しかし、仮にこの事実が認められるとしても、被告らはタクシー代として支払ったというのであるから、タクシー代にてん補すべきである。したがって、本件では、てん補の主張は認められないと解する。

五  結論

したがって、被告らは、原告に対し、連帯して、損害額の合計八七七万七六五五円からてん補分四七七万一一三三円を控除した四〇〇万六五二二円を支払うべきである。

(裁判官 齋藤清文)

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